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福岡高等裁判所 平成元年(ネ)44号 判決 1992年2月26日

控訴人 福岡信用金庫

右代表者代表理事 大西篤

右訴訟代理人弁護士 松岡益人

同 石丸拓之

同 中山茂宣

被控訴人 庄司一郎

右訴訟代理人弁護士 坂巻國男

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し、金一〇〇円及びこれに対する昭和六〇年一月一二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の主位的請求を棄却する。

二  被控訴人の予備的請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「1原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。2被控訴人の主位的及び予備的各請求をいずれも棄却する。3訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに敗訴の場合の仮執行免脱宣言を求め、被控訴人は、「1本件控訴を棄却する。2控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示(ただし、原判決三枚目表初行の次に改行して「仮に、山本に預金契約締結の権限がなかったとしても、控訴人は、山本を大浜支店の支店長代理として任命し、かつ、かかる呼称を使用することを承諾し、その旨の記載のある名刺の利用を承諾し、渉外担当の支店長代理として預金受領及び預金の勧誘等の業務を行う権限を付与していたものであり、右各事情に鑑みると、民法一〇九条あるいは一一〇条により被控訴人が保護されるのが相当である。」を加える。)のとおりであり、証拠関係は、原審及び当審記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人)

1  民法九三条但書の主張の補充

本件預金の経緯と態様は、次のとおり、普通の銀行預金行為とは異なり、一般普通に考えられないような不自然で不可解な勧誘内容と言動、そして異常な経過で実行されているものであり、その異常な経緯、態様に鑑みれば、金融取引に馴れている被控訴人は、本件預金が控訴人大浜支店を舞台とする何らかの金融犯罪に深く関係するものであること、更には山本が本件小切手を正規の預金手続に乗せて受け入れる意思のないことは判っていた筈であり、もし、知らなかったとしても、本件預金行為に際し、山本において本件小切手を預金として受け入れる意思がないことを容易に知りうべき状況にあったというべきであり、そうであれば、本件預金契約は民法九三条但書により無効というべきである。

(一) 単純な普通預金というのに三か月据置、この間もし引き出せばペナルティーを加えられるという条件であること。

(二) 次に、全く知らない取引もない銀行に単純なる普通預金をするというのに、わざわざ事前に預金の名義、預金額、来店の日時を連絡するようにいわれ、連絡していること。

(三) それに、地元の取引の実績のある人でもないのに、その預金額が五〇〇〇万円とか一億円とかいう程の高額の預金をするというのに、いくら人に勧められた預金とはいえ、何の躊躇もなく、しかも三か月据置の普通預金という不可解な預金に応じたこと自体異常であり、そんな預金を勧められたら、当然疑問に思い問い質すのが通例であるのに、これもしていないこと。

(四) 加えて、名義人は実名でも架空でもよいということであること。普通預金と架空名義との取り合わせは一般的に銀行取引の場合のトラブルの原因の第一にあげられ、銀行もまた正常な経済人も最も嫌う預金方法であり、まともな預金者ならば普通なら断るものである。

(五) コンピューターや不動産に手がけて多忙な被控訴人は、事業家で多忙な毎日というのに、わざわざ福岡市の田舎の弱小信用金庫の一支店に高い旅費を使って出掛けていること。

(六) しかも、被控訴人は、わざわざ初めて来店したというのに、支店長や次長等の責任者の挨拶も要求していないし、帰るときも案内人藤本の、じゃそろそろ帰りましょうかの合図で、すごすごと帰っていること。

(七) 持参するのが、特に都市銀行振出の保証小切手という条件であること。単純に普通預金をするというのに、現金は駄目、小切手しかも都市銀行の保証小切手持参の要請は珍しい。

(八) 右実行にあたり、勧誘者の小松崎の説明のとおり事前の連絡をしたうえ、小松崎、花房、木村正一、忠建実業の社長川中弘行の兄の川中万表ら四、五名の紳士を大挙同道して、ホテルで問題の導入屋グループの一員たる川崎治男、藤本秀光らと落ち合い、金庫とは全く関係のない藤本らの案内で大浜支店に来店していること。

(九) 被控訴人らは、事前連絡どおり来店したものの、応接室での対応が大口預金者が来店したという雰囲気ではなく、お互いに全く素っ気なく、特に五〇〇〇万円という高額預金者なのに預金の内容、条件等一言の質問ややりとりもなく、五分から一〇分位で終わっていること。

(一〇) なお、預金の条件として、三か月据置の期間内は絶対解約しないこと、また、預金した銀行には預金の有無の照会や確認はしないこと。そして、もし違約したときは、積んだ金額の半分をペナルティーとして払う条件もあったのに被控訴人はこれに応じて照会、確認、三か月内の引き出し等は一切せず、このとおり約束を守っていること。

(一一) 被控訴人らは、金庫大浜支店に来店した帰途、小松崎、川崎、花房、川中万表ら関係者の待つ東急ホテルに再度立ち寄り、詐欺グループの同人らに、見せる必要もない本件偽造通帳を見せてこれでいいと確認しあっていること。

(一二) そして、忠建実業の代表者川中弘行から小松崎を通じて謝礼金名目で二二五万円と旅費一二万円まで受け取っているが、その出所について何ら問い質していないこと。

(一三) もし、被控訴人がいうごとく、銀行の正規の金利の外に謝礼金が欲しかったというだけで小松崎の勧誘に応じたというのであれば、預金者として預金の際、当然に金利の高い同じ期間の三か月満期の定期預金を選択し、その申し出をしてもかまわないのに、これが申し出もせず、同道者のなすがままになっていること。

(一四) 本当に預金をしたというものなら、わざわざ払い戻しを受けるに際し事前に電話で預金の有無を照会するものはいないのに、三か月経過早々の昭和六〇年一月九日、控訴人大浜支店に電話照会していること。

(一五) そして、預金なしとの返事で、被控訴人は、昭和六〇年一月一一日金庫に小松崎と木村と三名で来店し、強力に支払いを迫ったが、その後川中が支払いを約束したので、もう話がすんだ旨金庫に連絡し、その後、同月一四日利息計算を要求したこと。

(一六) 被控訴人は、昭和六〇年二月七日付で山本を詐欺被疑事件で告発しているが、本件との関連事件が刑事事件として立件され、昭和六〇年九月ころから捜査が開始され、山本が逮捕されたのが昭和六〇年九月三〇日であり、山本、西山謙一、川崎治男らが起訴されたのが同年一一月一二日であるところ、山本が逮捕された後の同年一〇月初めころやっと事案の全貌が判明できたが、同年二月ころは皆目検討がつかず、判断に苦しんでいた時期であったし、当時、金庫においても、ただ預金はないということと、山本を追及しても金は受け取っていない。通帳は偽造されたものだというのみで、事実関係は不明の状況にあったのに、同年二月七日現在の告発状によれば、刑事事件の中心人物である西山謙一までもあげていること。

(一七) ところが、右告発があったにもかかわらず、本件被控訴人関係についての刑事事件は起訴されず不起訴に終わっていること。

(一八) 被控訴人は、小松崎とは一〇年来の交友関係にあるというところ、小松崎はいわゆる導入預金の絡みによく登場する人物であるから、そのような人物から勧められての本件預金であればなおのこと注意すべきであること。

(一九) 小松崎と被控訴人との間には、(1)普通預金にすること。(2)持ち込みは都市銀行の線引なしの小切手にすること。(3)名義は個人でも実名でも架空でもよいこと。(4)二日前に連絡すること。(5)三か月の据置とし、払戻しや銀行への照会や確認はしてはいけないこと。(6)謝礼金は月二〇パーセントとすること。(7)もし、右契約に違反したときは預金額の半額をペナルティーとして支払うこと。(8)もし、信用金庫が受け付けなかったら、前に払った謝礼金保証金は没収することとの趣旨の約定を交わしているはずであること。

(二〇) 本件は、一連の一一件の事件のうち四番目の事件であるところ、右以外にも本件詐欺グループが勧誘したものの、当初から預金の話に乗ってこなかった人、また和田みたいに金庫まで来たがおかしいといって預金せずに帰った人もいたこと。

2  悪意又は重大な過失の主張の補充

右のとおり、本件預金の勧誘から契約締結までの一連の過程における種々の異常性、すなわち架空名義、動機、支店の応接室での異常なやりとり、高額な預金というのに部外者の藤本が仲に入り、その主導のもとに本件が進められたこと等不自然、不可解な経緯、関係者の態度等を総合考慮すれば、山本がその業務執行権限を逸脱して何かおかしいことをしていることは一見して明らかであるから、通常の預金者であれば、右預金契約締結に当たり、山本が正規の預金契約締結権限を逸脱して不正なことをしているのではないかと疑念を抱くのが当然であること。加えて、銀行取引に詳しい被控訴人であればなおのことであること。したがって、被控訴人には、山本がその職務権限を逸脱して本件預金契約を締結するものであることを知らなかったことにつき重大な過失があったというべきである。

(被控訴人)

1  悪意の主張について

控訴人は、被控訴人が、山本には本件小切手を預金として受け入れる意思がなかったことを知っていたかのごとき主張をしているが、かかる事実はない。

すなわち、被控訴人は、小松崎から謝礼が出るので預金をして欲しい旨の依頼を受け、預金をする所が福岡信用金庫という正規の金融機関であり、かつ、本件の同種の預金をした経験があったことなどもあり、本件預金をしたものであり、もし、控訴人が主張するように、本件小切手が預金として預け入れられないことを知っていたならば、かかる五〇〇〇万円という大金を山本に渡す筈がない。現に、被控訴人は、控訴人金庫大浜支店の応接室で、同支店の支店長代理である山本との間で、通常の預金手続をなすのと同様な方法により、本件預金手続をなし、山本から控訴人の正規の本件預金通帳を受領したものである。

仮に、本件小切手が、預金として入金されないことを知っていたのであるならば、何もわざわざ、横浜から福岡に飛んで行き、しかも、控訴人支店の応接室において、かつ、支店長代理である山本との間において、本件預金手続をする必要もなく、かつ、預金通帳を受領する必要性もないことなどからも明らかなように、被控訴人は、本件小切手が預金として預け入れられると確信していたからこそ本件預金手続に応じたものである。

また、仮に、被控訴人が、本件小切手が預金として受け入れられないことを知りながら、これを山本に交付したとするならば、控訴人が主張している、山本らにかかる詐欺事件につき、被控訴人が被害者となることはありえないことになるが、右事件にかかる検察庁の冒頭陳述書などによっても明らかなように、被控訴人は、右事件の被害者として取り扱われており、このことは、被控訴人が山本らの詐欺の意思、すなわち、預金者から預金名目で預金を預かりながら、これを預金として入金しないという意思を隠して、あたかも、これがあるように装い、預金者から預金名目で本件小切手を詐取することについて、被控訴人がこれを知らなかったということの証左である。

また、現に、被控訴人は、昭和五九年一〇月九日に本件預金を三か月の約束で預金したため、三か月が経過した後、払戻の請求を繰り返したが、事態が一向に進展しないので、福岡県警あるいは博多署などに事情説明をし、更に、昭和六〇年二月七日には博多署に告発状も提出し、事実の解明に奔走し、しかも、右告発は、控訴人が主張する本件と同種の事件が一一件あるとのことであるが、その中で最初の、しかも唯一の告発であり、また、民事事件の訴えの提起も被控訴人が最初であり、このことからも明らかなように、被控訴人が本件小切手が預金として受け入れられないということを知らなかったことの証左でもある。

2  重過失について

更に、控訴人は、本件小切手を山本が預金として受け入れる意思がなかったことを、被控訴人において、これを知りうべき状況にあったかのごとき主張をしているが、かかる事実はない。

被控訴人は、小松崎から謝礼が出るので本件預金をして欲しい旨の依頼を受け、本件預金をしたものであるが、小松崎自身は、いわゆる預金協力の仲介を仕事としており、すなわち、小松崎は昭和三四年ころから銀行に預金をできる人を紹介してほしいとの依頼を受け、現実に預金のできる人を紹介し、現在までに約四五〇件程の取り次ぎをなし、その取り次ぎに伴い、預金を受け入れた銀行は全国にまたがり、その銀行も都市銀行、信用金庫、信用組合等幅広く、かつ、かかる銀行も本・支店とまちまちであり、かつ金額もかなり高額であり、預金名義も本名・架空名義であることもあり、かつ預金の種類もまちまちであるが、本件預金もかかる小松崎の仕事の中で処理されたものである。

また、本件預金手続自体も、通常の手続と同様な状況で行われた。すなわち、本件預金をするにつき、被控訴人は、藤本に道案内され控訴人大浜支店に行ったところ、山本が被控訴人を出迎えたこと、山本が被控訴人に対し遠くから来たことにつき労をねぎらっていたこと、本件預金手続が控訴人の大浜支店の応接室で行われたこと、右応接室には一般人が自由に出入りできないこと、右応接室に通されるためには支店長席などの側を通らなければならないこと、本件預金手続が支店長代理である山本によって行われたこと、本件預金手続の最中に女子行員がお茶を運んできたこと、被控訴人が預金申込書を作成し、山本に交付したこと、山本から新規の預金であるので現金が必要である旨言われ、本件小切手とは別に現金一〇〇円を交付したこと、山本が被控訴人から預金申込書、現金一〇〇円及び本件小切手を受領すると、一旦応接室から出て事務フロアの方に行き、本件預金通帳を作成して、再度応接室に戻ってきたこと、更に、山本はオンラインで利用できるようにと、被控訴人に押印を求めてきたのでこれに応じ、被控訴人が所定箇所に押印したところ、山本は再度応接室を出て、事務フロアに行き、押印した部分に透明のシールを貼って再び応接室に戻ってきたこと、山本から受領した本件預金通帳が控訴人の正規の預金通帳であること、被控訴人は、帰る時、預金をした人のみが貰うおみやげを貰ったことなど、本件預金手続の最初から最終まで、他の預金手続と全く異なるところがなく行われたものであり、被控訴人において、山本が本件小切手を預金として受け入れる意思がなかったことについて、全く知りうべき状況にはなく、したがって、被控訴人には、何らの過失もない。

理由

一  被控訴人の主位的請求について

1  本件預金に至る経緯の概要

請求原因1(一)の事実中、山本が昭和五九年一〇月六日当時、控訴人の大浜支店の支店長代理であったこと及び本件通帳が作成されたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  被控訴人は、横浜市に在住し、コンピューターのソフトウエアーの開発及び技術者の派遣業を営む会社の経営者であり、昭和三四年ころからいわゆる預金協力等の金融ブローカーをしている小松崎茂とは当時一〇年来の商売を通じての交友関係にあった。

(二)  一方、西山謙一は、不動産の仲介や金融のブローカーをしていたものであるが、昭和五八年初めころ知り合った同業者の川中弘行に対し、大田関男こと松永洸治への約四億円の融資を取り次いだところ、川中の右貸金の取立てが焦げ付いたため、川中と共に松永に対してその返済を強く迫った。これに対し、松永は、その解決方法として、導入預金を扱っている金融機関に多額の預金をすれば預金額の半額位の金員を無担保で貸して貰えるのでそれで借金を返済すると持ちかけた。西山は、そのような導入預金による借入れが功を奏しそうになかったことからこれに賛成しなかった。ところが、松永は、更に、自民党の政治資金の裏金を扱っているとか導入預金を扱っているとか言って資金の拠出者(スポンサー)を勧誘し、他方、金融機関の内部者を抱き込んで右拠出者が金融機関に真実預金されたような預金通帳を作り出し、右拠出金を実際には預金することなく、松永が受け取って川中に返済し、スポンサーに対しては預金の返済期限までに松永が自ら返済金を用意しこれを金融機関の協力者に入れるから、スポンサーは金融機関から払戻しを受ければよい旨持ちかけたので、西山はこれに多少疑念を抱きつつも賛成し、松永及び西山において長崎第一信用組合北支店の伊藤支店長を協力者に抱き込み、西山及び川中において高金利が貰える等と言ってスポンサーを勧誘し、昭和五九年七、八月ころ相当額の金融詐欺事件を敢行した。

(三)  次いで、西山は、松永とは独自に、川中弘行(忠建実業株式会社代表取締役)、松本茂樹、今枝幹隆、藤本秀光、川﨑(以下「川崎」と記載する。)治男と共に、金融機関の内部者を抱き込んで導入預金の名目でスポンサーを勧誘することにした。そして、藤本において、当時取引のあった控訴人大浜支店における得意先係の統括責任者として、預金の勧誘及び受け入れ等の業務を担当していた同支店の支店長代理の山本幹有を、昭和五九年九月六日、福岡市内の料亭「河太郎」に案内し、西山、川崎を紹介した。西山は山本に対し、西山らはグループで動いている、その一員の藤本において近日中に高額の預金者を控訴人大浜支店に連れて行き小切手を持参させるが、右小切手を控訴人金庫に入金せずに藤本に手渡し、預金者には預金があった旨の内容虚偽の預金通帳を作成し交付して欲しい、右グループに回して貰った金は西山らにおいて元利を揃えて預金者に返済し、預金通帳も取り戻すので控訴人や山本には一切迷惑はかけない、山本には謝礼金は出す旨言葉巧みに持ちかけ、山本もこれを承諾した。

そして、西山らは、控訴人大浜支店を舞台にし、同年九月一一日ころから同年一一月一六日ころまでの間に合計一一回にわたり一回につき五〇〇〇万円から一億円の空預金事件を敢行したが、本件は、そのうち第四回目の事件である。そして、西山は川中弘行に対しスポンサーの勧誘を依頼し、その際川中とスポンサーとの間で預金の条件についての合意の念書を作成するようその雛形を示して求めた。

川中は、昭和五九年八月ころ、忠建実業顧問の花房義治を介し小松崎に対し、一億円単位で預金をしてくれれば三か月で六パーセントの謝礼を出す旨話して預金を勧誘した。そして、昭和五九年九月二六日ころ、川中は小松崎との間で、(1)普通預金にすること、(2)持ち込みは都市銀行の線引なしの保証小切手ですること、(3)名義は個人名で実名でも架空名でもいいが、二日前に連絡すること、(4)三か月間は絶対に払い戻し請求をしてはならず、銀行へ確認もしてはならないこと、(5)謝礼金は月二パーセントとし、名前が決まった時点で支払うこと、(6)預金者側が違約したときはペナルティーを預金額の半分支払うこと、(7)信用金庫が受け付けなかった場合は謝礼金は没収されても構わないこと等の内容の約定書を交わした。

(四)  被控訴人は、昭和五九年九月末か一〇月初めころ、小松崎の勧めにより、五〇〇〇万円を一か月一・五パーセントの謝礼金(裏利息)で、これまで取引のなかった控訴人の大浜支店に田中一幸との架空名義で預け入れることを承諾し、小松崎の指示により控訴人大浜支店に自ら赴くこととなった。同年一〇月六日午前八時二〇分ころ、控訴人大浜支店にいた山本に藤本から電話で、田中一幸名義の普通預金通帳一通を作成し、自分のマンションに持って来るよう依頼があった。山本は、右依頼を承諾し、普通預金申込書に田中一幸の氏名及び適当な住所を記載し、届出印欄に支店の近所の判子屋で買った田中の印を押捺し、山本の一〇〇円を入金して田中一幸名義の正規の普通預金通帳を作成した。その後、山本は、藤本のマンションを右通帳を持って訪ね、そこで藤本は、右通帳にゴム印を使用して五〇〇〇万円の入金の記載をなし、右通帳を山本に渡し、山本は右通帳を支店に持ち帰った。一方、被控訴人は、知人の木村正一を同道して来福し、同日午前一一時ころ、福岡市内の博多東急ホテルで小松崎、藤本、川崎、川中の兄万表、花房と待ち合わせ、被控訴人、木村は藤本の案内で控訴人大浜支店に赴いた。同日午前一一時半ころ、山本は、同支店を訪れた右三名を右支店応接室に通し、藤本以外の二名に挨拶をし、名刺を渡したが、被控訴人らは名刺を出さず、自己紹介もしなかった。右四名は、気候の挨拶、不動産業について雑談をしていたが、藤本の「じゃあ、そろそろ始めましょうか。」の言葉で、被控訴人と同道した木村が株式会社大和銀行五反田支店振出、額面金五〇〇〇万円の自己宛小切手を取り出し山本に見せた。次いで、山本は預金者の名前を聞き、被控訴人がこれに答え田中一幸の表示を言ったので、藤本から連絡のあった預金者名と一致していることを確認した。そのころ、山本は藤本から一〇〇円を貰った。藤本が山本に対し、席を外すよう言うので、山本は席を立ち、支店の自分の机にいたが、三ないし五分後、田中一幸名義の通帳を持って応接室に戻った。そして、通帳を一旦藤本に渡し、それを藤本が確認した後、藤本の指示で、「お預り金額」欄に記入してあった五〇、〇〇〇、〇〇〇の頭及び「差引残高」欄に記入してあった五〇、〇〇〇、一〇〇の頭等に山本の小印を押した。次いで、山本は、通帳の届出印欄に被控訴人持参の田中名の判を同人から借り押印した。その後藤本か山本が、被控訴人側に右通帳を渡した。そのころ、山本は藤本に右小切手を手渡した。まもなく、藤本が、「じゃあ、そろそろ終わりましたので帰りましょうか。」と言ったので三人は席を立ち、応接室より順次出て行った。その間は一〇分前後であった。なお、被控訴人らが退出する際、控訴人からいわゆるお土産の交付はなかった。

(五)  右控訴人大浜支店応接室における被控訴人らと山本とのやりとりの際、同応接室には山本を除いて支店長、次長ら控訴人金庫の責任ある役職者の入室はなく、被控訴人も右役職者の入室を求めるでもなく、被控訴人と山本との間において本件預金の条件、内容等に関する話題が交わされることは一切なかった。

(六)  被控訴人は、大浜支店を出ると再び博多東急ホテルに戻り、そこで待ち受けていた川崎らと落ち合い、被控訴人は川崎らに預金通帳を見せて記載内容を確認させた。右預金通帳の五〇、〇〇〇、〇〇〇等の数字の記載は、注意をして見ればやや不鮮明で曲がっていることが判るものであった。

(七)  本件小切手は、その後直ちに西山に送られ、田中一郎なる名義の者から取立てに回され、昭和五九年一〇月九日に交換決済された。

(八)  被控訴人は、当初の約束どおり、小松崎から預金の謝礼として、預金前に五〇万円(別に旅費として一二万円も)、預金後に一七五万円を受け取った。

(九)  その後、右預金の掘置期間の満了日の昭和六〇年一月六日が到来したが、被控訴人は同月九日、控訴人大浜支店に対し、電話で預金の有無の照会をしたところ、同支店では田中一幸名義の一〇〇円の預金はあるが、五〇〇〇万円については入金がないとの回答であった。そこで、同月一一日、被控訴人及び木村は、小松崎を伴って同支店に来店し、強力に支払いを迫った。そのとき、同支店にいた山本に対し西山及び川中から電話がかかり、被控訴人らと電話を替わるように求められたが、被控訴人らは知らないとして電話に出なかった。被控訴人らの支払い要求に対し、控訴人が応じなかったため、被控訴人らは同日は福岡に宿泊することになったが、同支店長宮本が、同日夜、被控訴人らの宿泊先に電話をすると、川中が被控訴人に支払いを約束したので、もう話はすんだとの返事であった。その後、同月一四日、小松崎から控訴人に対し、利息の計算をするよう要求があった。

(一〇)  ところが、同年二月七日付で、被控訴人は山本を業務上横領被疑事件として告発し、その告発状には、参考人として本件空預金事件の首謀者西山謙吉こと西山謙一の氏名が記載されていた。右空預金事件が刑事事件として立件され、捜査が開始されたのは同年九月三〇日であり、同日山本が愛知県千種署に逮捕され、山本、西山、川崎らが起訴された(本件についての起訴はない。)のは同年一一月一二日であり、同年二月段階では右事件の全貌は判明していなかった。

(一一)  西山らは、同種預金を被控訴人のほかにも勧誘したが、その中には、預金の条件中の事前に銀行に確認してはならない旨の事項が気にかかると言って預金を断った者や、福岡市内のホテルまで預金に出向いたものの、高額の謝礼が貰えるのは話が良すぎるといって預金をせずに帰った者もいた。

2  以上の事実が認められ、右事実中川中と本件預金の仲介者である小松崎との間には前記1(三)記載の預金の条件についての約定が存在することに鑑みると、小松崎と被控訴人との間に預金の条件についての約定がないのは、多額のペナルティーが課されている等右条件の内容からみて不自然であり、かつ、前記認定の条件の内容のとおりに預金がなされていることに照らし、小松崎と被控訴人との間にも預金の条件について同趣旨の約定が存在したと推認するのが相当であ(る)。《証拠判断省略》

3  以上の事実により、本件小切手による預金契約の成否についてみるに、山本は、当時、控訴人大浜支店において得意先係の統括責任者として預金の勧誘及び受入れ等の業務を担当していた支店長代理であったのであるから、被控訴人から本件小切手を受領した際、被控訴人と控訴人との間に、本件小切手の取立委任契約及びその取立てによる入金があったときには五〇〇〇万円の預金契約をする旨の停止条件付預金契約を控訴人のために締結する権限を有していたものというべきであり、また、山本が右小切手を受領したことにより右契約が成立したものと解するのが相当である。

二  ところで、控訴人は、被控訴人は山本が本件小切手を正規の預金として受け入れる意思がないことを知っていたか、もしくは知りうべき状況にあったから、民法九三条但書により本件預金契約は無効である旨主張するので判断する。

1  被控訴人が本件預金の勧誘をうけた際の状況は、謝礼その他小松崎から提示された条件は五〇〇〇万円の普通預金を正規の金融機関に預金する場合の条件としては極めて異常なものであって、預金それ自体がなんらかの金融犯罪に絡むものであることを窺わせるものであり、このことは、コンピューター関係のソフトウエアーの開発及び技術者派遣業を営む会社の経営者である被控訴人にとっては容易に察知できたものと考えられる。

2  次に、預金時の状況は、横浜市在住の被控訴人が福岡県の地方信用金庫の一支店に五〇〇〇万円の普通預金をすること自体極めて異常な預金方法である上、被控訴人はより確実な預金方法である振込送金の方法を採らず、わざわざ自己宛小切手を同支店まで持参しており、控訴人大浜支店においても、被控訴人は山本から自己紹介を受け、同人の名刺を貰ったにもかかわらず自己紹介をせず、五〇〇〇万円の預金をするにもかかわらず預金の条件、内容等本件預金に関する話を全くせず、山本に対し同支店の役職者の紹介を求めてもいないこと、預金の手続が控訴人の職員でない藤本の主導のもとに進められているのに被控訴人において疑問を呈する様子もないこと、預金後再び博多東急ホテルに戻り、控訴人の職員でもない者に通帳を見せ、記載内容を確認させていること等前認定の諸般の事情を総合すれば、被控訴人の預金時の態度は極めて異常かつ不可解な態度といわなければならない。

3  更に、預金後の状況は、真実預金をした者であれば、約束の期日が来れば、直ちに払戻しの請求をするのが通常であるところ、昭和六〇年一月九日に予め預金の有無を照会し、預金がないと知らされるや、同月一一日に控訴人大浜支店に預金の仲介人の小松崎を同道して来店し、支払いを強要したが、同日中に川中との間で話がついたとして、請求を中止していること、また、本件空預金事件の全貌が判明する前に既に事件の首謀者西山の名を参考人名として山本の告発状に記載している(原審において被控訴人は、西山の名は仲介人の小松崎が出したと述べ、原審及び当審において証人小松崎も、告発状をつくるとき電話で被控訴人から相談を受けた、花房に追及したら、西山謙吉こと西山謙一の名をあげたので、被控訴人に話した旨述べるが、これを裏付けるに足りる証拠はない。)こと等、本件預金が控訴人に正式に受入れられないことを被控訴人が知っていたのではないかと疑わせる事実が存在するのである。

4  右1ないし3の各事情を総合すると、会社経営者である被控訴人は、本件預金契約の締結に際し、控訴人大浜支店の山本支店長代理が五〇〇〇万円の本件小切手を正規の預金として受け入れる意思がないことを知っていたか、容易に知りえたものと認めるのが相当である。被控訴人は、山本を業務上横領被疑事件で告発したこと、民事事件の訴えの提起は被控訴人が最初であることを、被控訴人が山本には本件小切手を正規の預金として受け入れる意思がないことを知らなかったことの証左である旨主張するが、右の告発や民事訴訟の提起が、直ちに、被控訴人が山本の右のような意思を知らなかったことの証左になるとは認め難いから、被控訴人の右主張は採用できない。したがって、控訴人と被控訴人との間で成立した五〇〇〇万円の本件預金契約は、民法九三条但書により無効なものといわなければならず、被控訴人の五〇〇〇万円の預金についての主位的請求は、理由がないといわなければならない。

ただし、一〇〇円の預金契約の成立については、控訴人において明らかに争わないので、被控訴人の主位的請求中、一〇〇円及びこれに対する払戻し請求の日の翌日である昭和六〇年一月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払いを求める部分は理由があるが、前掲甲第一号証によれば、普通預金の利息は毎日の最終残高の一〇〇〇円以上について付されるものとされていることが認められるから、利息の請求部分は理由がなく、また、信用金庫は商法上の商人にあたらないから、商事法定利率による損害金の請求も理由がない。

三  次に、被控訴人の予備的請求について判断する。

主位的請求についての理由説示のとおり、控訴人の被用者である山本には預金契約締結の権限があったと認められるので、山本の本件預金契約締結の行為は、外形的には、控訴人の事業の執行につきなされたといえる。

しかし、被用者の取引行為がその外形からみて使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合であっても、それが被用者の職務権限内において適法に行われたものでなく、かつ、相手方が権限内の行為でないことを重大な過失により知らなかったものであるときは、相手方である被害者は、民法七一五条により使用者に対してその取引行為に基づく損害の賠償を請求することはできないと解すべきである(最高裁昭和四二年一一月二日判決・民集二一巻九号二二七八頁参照)。

これを本件についてみるに、前記主位的請求についての理由二の1、2において説示したとおり、本件預金の勧誘から本件預金契約締結に至るまでの一連の過程における種々の異常性、特に、被控訴人は会社の経営者でありながら極めて異常な預金条件を受け入れたうえ、横浜市から福岡まで出向き、地方の信用金庫の一支店に五〇〇〇万円の普通預金をしたものであるところ、控訴人大浜支店の応接室において、自ら自己紹介をすることもなく、被控訴人と面接した山本が、支店長、次長ら同支店の役職者を被控訴人に引き合わせることをしないのに対し自らも紹介を求めることをしないばかりか、預金手続が控訴人金庫の職員でもない藤本の主導のもとに進められているにもかかわらず、これに従い、本件預金の目的、理由等の説明、預金条件の説明もせず、世間話を交わしただけで、事務的に手続を進める山本の態度が、五〇〇〇万円の大口預金を受ける地方金融機関の職員として極めて不自然、不可解な態度であることは、一見して明らかであるから、通常の預金者であれば本件預金契約を締結するに当たり、山本が控訴人から与えられた正規の預金契約締結権限を逸脱して不正な取引をしているのではないかとの疑念を抱くのが当然であると考えられる。したがって、被控訴人には、山本がその職務権限を逸脱して本件預金契約を締結するものであることを知らなかったことにつき重大な過失があったものというべきであり、被控訴人は、山本の使用者である控訴人に対し、本件預金取引に基づく損害賠償を請求することはできないといわなければならない。

四  以上のとおり、被控訴人の主位的請求は、一〇〇円及び前記損害金の支払いを求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきであるから、これと異なる原判決を主文一項1、2のとおり変更し、被控訴人の予備的請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 緒賀恒雄 裁判官 木下順太郎 裁判官田中貞和は転任につき署名捺印できない。裁判長裁判官 緒賀恒雄)

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